亭主関白 還暦過ぎて 妻のお抱え 運転手

昭和34年卒業の三浦淳宏さんから
「亭主関白 還暦過ぎて 妻のお抱え 運転手」と題して投稿いただいています。ごらんください。

 昭和34年卒業の三浦淳宏です。

 還暦を迎えた七年前、妻から「私が先に逝っても困らないように、主夫業を覚えときなさい。」と言い渡された。以来、いろいろと家事を教えてもらっている。教えてもらってると書けば格好がいいが、実は「仕込まれている」の方が当てはまるように思う。
 その仕込み方はかなり口厳しく、若い頃の敵討ちに遭ってるようである。
実は、インスタントものも多い昨今であるので、コンロの使い方さえ会得しとけばどうにか飢えはしのげるはずと、妻の仕込みもいい加減に聞き流している。

 さて、先日、妻が外出した折、ガスコンロでコーヒーのお湯を沸かしながら少し間があるので、原稿を少し校正しょうと思って、台所から書斎に戻ってしまったのである。
 気がついたら何やら焼けるような臭いである。
「しまった」と思って台所に取って返すと・・・ガスコンロの上のやかんがほっとかれて真っ赤になって怒り狂っていたのである。
 静かに怒りが治まるのを待ってみたが、その痕跡は治まらなかった。
その遺恨の痕を見つけた師匠からもこびっとく叱られたのは言うまでも無い。

 悪いことは続くもので、翌日も同じことを繰り返したのである。
三度目は「我が家に放火」の新聞の見出しを思い浮かべて、雨の中「関西電力・羽曳野営業所」へ「オール電化」の相談に赴いたのである。

 元来、「深夜料金制度」は電力会社の「原子力発電」の尻拭いを「需要家」にさしているのであるから、設備費を需要家に負担させるなら電気代は「ダダ」とするべきであると思っていたのである。今でもそう有るべきだと確信している。
 原子力発電の夜間の余剰電力を日中に需要家に売るならば、電力会社自体が蓄電する設備を設置しておくべきところを、需要家の各家庭に高額な設備を設置させるのであるから、その電気代金は無料・・・いやいや電力会社がその資産運用分を需要家にリベートとして還元すべきではあるまいか。

 長年のローンの艱難辛苦に耐えてやっと手に入れてた「我が家」である。私の不注意から消滅させるわけにはいかない。真っ当な我が心情であっても、大資本に屈託しなければ維持できないとあらば、泣く泣く涙を呑んで今の制度に甘んじることにしたのである。

 さて、我が家は妻と二人暮らしで、朝食は7時頃に済ませる。その折、一緒に昼の弁当を作るので、御飯・おかず・お茶等々が全部最安の電気料金で賄える。
 細かい計算で恐縮であるが、二合の御飯は15円で炊き上がり、前夜から取水してある4リッタの水は4円足らずで沸騰する。通常の電気料金ならその三倍はかかるはずである。それに、湧き上がる時間がガスコンロの半分程度なのも、イラチにとってはありがたい。

 2リッタのお湯はポットで保温して、逐次お茶やコーヒーのお湯として利用している。
 また、IHコンロは使用後、表面がかなり高温になっているので、やかんに水を入れて火口に置いておくと、10分程で入れ歯・差し歯でガタガタになっている口に心地よいすすぎ湯として利用できる。
 また、鍋の取っ手が熱くならないのも鍋を移動をする際に素手でつかめて手間が省ける。

 電気料金の高く設定してある時間帯に動いている我が家の電気機器は、冷蔵庫、電話機とこのパソコンの待機電気だけである。

 このような次第で「オール電化」に変更したおかげで、光熱費がほぼ以前の電気代だけでガス代が丸々浮いたことになった。当に「ラッキ」である。しかし、設備費の元を直ぐに取ることは出来ないが、今流行の「安全と安心それにCO2の削減に貢献」はできていると思っている。

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亭主関白 還暦過ぎて 妻のお抱え 運転手 への2件のフィードバック

  1. S56卒 山路 のコメント:

    面白く読ませていただきました

    S56卒山路です
    東京在住です。

    検索かけていて、誠之館同窓会京阪神支部があるのを発見。
    覗いてみましたら、面白い書き込みがあるではないですか。
    笑いながら読んでしまいました。
    もし私が家をたてる事になったら、オール電化ですね!

    今年は私達S56卒が、東京同窓会の幹事年。
    何かと大変ですが、2009.09.12当日に向けて頑張っております。
    是非、東京方面の同窓生のお知り合いの方がいらっしゃいましたら、参加下さいますようお声かけ下さい。

    京阪神支部の方々も頑張って下さい。

    • S34卒 三浦淳宏 のコメント:

      あれとそれとで 話ができる 同じ病の 妻が居る

      山路さん コメントを頂き、大変ありがとうございます。よろこんで頂けたようで・・・嬉しく思っています。
      さて、冒頭に載せております「都々逸」は、五年ほど前にインターネットで知り合いになった元浅草の芸者さんから、インターネットを通じて少し手ほどきをして頂きました。
       初めて作った都々逸は
      「付いておいでと 振り向く白衣 見失える 幅じゃなし」
      です。
      当時、胸の骨が痛くて病院通いをしておりまて、診察室からレントゲン室へチョットばかり細めでない看護婦さんが案内してくれましたのを詠んでみました。
      他に病院に関するものとして、
      「美人美人と 威張るな美人 写る骨には 大差なし」
      「美人薄命と うわさの私 五度の手術で まだ逝けぬ」
      近所のおばさんが石車に乗って転倒して・・・肋骨を折ってしまった治療中のことでございますが・・・
      「折れた肋骨 薮医に診せりゃ 乳房つまんで 感度診る」
      これはお医者さんの役徳と云うのでしょうか? それとも私の過剰反応でしょうか?
       そうそう、読売新聞の月間MVPになったのもあります。
      「医者の薬で 止まらぬかゆみ 主の指診で すぐ癒えた」
      解釈は不要と存じます。
      終わりに
      「用事あったと その場所行って ここに着た訳 我に問う」
      毎日、身に詰まされて居ります。